江川の空白の一日とは?超わかりやすく解説!

「江川事件」。怪物といわれていた江川卓選手の「空白の一日」の入団をきっかけに巻き起こった事件です。

ただ世代によっては「名前はしってるけど詳しくは…」って世代も多いはず。
ということでこの江川の空白の一日についてわかりやすく解説します!

江川空白の一日がおきるきっかけ

サトウデスク

巨人一直線だった江川は高校、大学と他球団からのドラフトの指名を拒否。これが空白の一日のはじまり

高校時のドラフト

江川卓 昭和48年夏
高校時代の江川卓

甲子園デビュー戦で19奪三振を記録し、既に「プロ野球で活躍できる」という逸材と言われていた江川でしたが、当時はプロではなく大学への進学を希望していました。

ドラフト上位での指名を予定していた球団は指名を回避しますが、阪急ブレーブスだけは江川を強行指名。
しかし、江川は大学進学を理由にこの指名を拒否し、法政大学へ進学します。

マメ知識
ちなみに江川は慶應義塾大学を受験するものの不合格。法政大学へ進学します。

大学時のドラフト

クラウンライター一位指名

法政大学に進学し1年生から東京六大学リーグ戦に登板した江川。
大学4年になると、再度江川のドラフトが注目を集めます。

当時江川は巨人と相思相愛と言われていました
大学側もそれを望んでか「巨人以外は指名しないで!」と他球団に御触れを出したという話もあるほど。

しかし、クラウンライターライオンズ(現西武ライオンズ)が江川を1位指名。
当時は変則ウェーバー方式だったこともあり、巨人への入団は叶わず、江川はまた入団拒否することに。

江川はクラウンライターライオンズの指名を拒否した理由を「(本拠地が福岡で)遠方だったため」と語っていました。

マメ知識
遠方で断った理由については「東京(関東近郊)でないと、当時の彼女(現江川夫人)と遠距離恋愛になってしまう」ためと言われていましたが、高木豊氏のYoutubeチャンネルの動画では「親戚が反対した」というのもあったそうです。

海外に野球留学へ

江川は大学卒業後、野球留学という形でアメリカに渡ります。

江川の留学期間中に、クラウンライターライオンズは西武グループへ身売りされ、「西武ライオンズ」が誕生します。
本拠地も福岡から埼玉へ移転となりますが、ライオンズの交渉可能期間中に江川は首を縦にふることはありませんでした。

マメ知識
ここで一つポイントとなるのは、野球留学。
社会人野球へ進むと2年はプロ野球へ入団することはできないので、空白の1日は生まれません。
そのため、巨人と江川は事前に話を合わせていたなんてことを言う人も少なくありません。

空白の一日~電撃トレード

サトウデスク

さてここからが本編。巨人は交渉権を喪失期限の盲点をついて江川と契約し後に小林繁とのトレードへ至ります。

「ドラフト前日」を利用し契約

巨人前日前契約

ドラフトの交渉権は364日、ようは次のドラフトの前々日までという決まりがあります。
前日は不測の事態がおきた際にでもドラフトに参加できるように「次のドラフトの準備をするための日」として設けられています。

この日を利用し契約してしまったのが空白の一日
巨人は江川をアメリカから呼び、ドラフトの前日にあたる1978年11月21日にドラフト外入団という形で契約をします。

巨人としては、「ドラフト会議前日(22日)は選手は交渉期間もきれているはず!ということなら契約したって問題ないでしょ?」と解釈したと。
また江川は学生でもなければ、社会人でもないため、野球協約上では「フリー(ドラフト対象外)の選手」と扱われるのも事実だった。

いわば野球協定の「グレーゾーン」を巧みに使って巨人と江川は契約を結んだのが江川の空白の一日というわけです。

マメ知識
実は当の江川本人は当日まで契約することを知らなかったのだとか。
ちなみにこのドラフト以降の協定では「日本の中学・高校・大学に在学中の者」から「在学経験のある者」と書き換えられました。

セリーグはこれに対してNO!

巨人ドラフトボイコット

「協定の抜け穴」とはいっても、グレーゾーンであることには変わりはありません。

この巨人の契約に対し、当時のセリーグの鈴木龍二会長はNOを突きつけます。
「手続きの都合上用意されていた【空白の一日】を逆手に取るなんて野球協定の精神に反する!」という理由でこの契約無効に。

それに対し今度は巨人が猛反発。
翌日22日のドラフト会議をボイコットする事態にまで発展をしてしまいます。

マメ知識
当の本人もこの契約を当日まで知らなければ監督も知りませんでした。
当時巨人軍を率いていたのは長嶋茂雄監督。長嶋監督はこの事実を当日の昼に聞いたそうです。

この問題に阪神が参戦

阪神江川ドラフト交渉権

1978年のドラフトは変速ウェバー方式から現在と同じ抽選方式へと変わります。

前述したとおり、ボイコット中の巨人関係者の姿はこのドラフト会場にはありませんでした。
そしてドラフトに参加した各球団の立ち位置はこんな感じ。

  • 江川の契約に抗議の意味も込めて江川指名!
  • 江川はほしいが巨人と揉めそうだから回避
  • そもそも江川に興味がない球団

この「抗議の意味も込めて江川を指名」した球団は、南海、近鉄、ロッテ、そして阪神の4球団です。
そして交渉権は阪神タイガースが勝ち取ります。

マメ知識
ちなみにこのドラフト前に巨人が「江川はもう巨人の選手!すでにうちの選手になっている江川を指名したら告訴する」と吹聴していたため「江川はほしいが巨人と揉めそうだから回避」という球団が出てきたのだとか。

巨人が阪神&NPBに大激怒!

江川新聞記事

阪神が交渉権を獲得したことに巨人も黙っていません。
「12球団が揃っていないドラフトは無効」「この決定が認められるのであればセリーグを抜ける」と巨人は不満を爆発させ抗議します。

が、当時の金子コミッショナーは「巨人が勝手にドラフトに来なかっただけ」とこれを一蹴。
これにより正式に江川の巨人入団は白紙に。

そして、それと同時に阪神入団が決定となりました。

事態は一変!コミッショナーの前言撤回

巨人を一蹴した金子コミッショナーが急に前言撤回、
プロ野球実行委員会で「江川は阪神に一回入団した後巨人にトレードに出してほしい」と要望を述べます。

なぜこのような要望を出したのか。
「セリーグを抜けると言ったりと自身の主張を押し通す巨人があまりにもヒールになりすぎて、今後のプロ野球界に大きな溝を生みかねない」ということらしいのですが、本当のことはわかりません。

そもそも開幕前の新人のトレードは禁止されていました。
これを承知のはずのコミッショナーの発言に、今度は阪神が猛反発。

「ふざけるな!」という感じで断固トレードに反対しますが、江川側は巨人へのトレードを認めてほしいため交渉は難航!

急遽阪神が江川のトレードを認め巨人入団へ

【巨人・阪神】世紀のトレード 江川卓⇔小林繁

ところが更に事態は一変。
1979年1月31日、阪神の小津社長と江川が急遽上京し記者会見を開きます。

記者会見で小津社長は「江川くんの阪神との契約が終わった」と話し、巨人入団が決定したことが伝えられました。
それと同時に「トレードの話は一切出ていない」ということが報道陣に告げれました。

しかし、それから数時間後、再び記者会見が開かます。
今度は江川ではなく今長谷川代表を引き連れてやってきた小津社長は、先程トレードはないと言っていたにも関わらず「小林繁くんが阪神に入団することが決まり、江川くんは巨人に入団いたします」と発表したのです。

なぜ急遽トレードが決まったかという理由については明らかにされませんでした。
そして、巨人側からもその理由は語られず、真相はうやむやのまま、江川は巨人に入団することとなったのです。

マメ知識
阪神に移籍することになった小林もキャンプに行く途中で突如トレードを知らされたとのこと。会見も開かれましたがトレードにすることになった理由についてはやはり語られませんでした。

空白の一日その後

サトウデスク

空白の一日は結局小林繁とのトレードで幕引きとなりました。しかしその後には…

金子コミッショナー辞任

ドラフトボイコットを「巨人が勝手にしたこと」と言っておきながら、手のひらを返すように阪神にトレードを示唆する発言をした金子コミッショナー。

協約違反ともとれるこの発言をプロ野球実行委員会が再び問題視しだすと、さらなる手のひら返しでこの発言を全面撤回します。
しかし、それでは流石に事は収まらず、結局自身の発言の責任を取り辞任することになります。

江川、2ヶ月の出場自粛

球界へ多大な迷惑をかけたということで巨人はプロ野球実行委員会に謝罪した後、江川に開幕から2ヶ月間の出場自粛の処分を下します。
ただ世間はそれでは収まらず、自宅のカーテンを開けることができないほどひどいバッシングが続きました。

マメ知識
ちなみに江川はこの年9勝、翌年16勝。3年目に20勝をあげたにも関わらず沢村賞を獲得できませんでした。
これはこの一連の騒動が原因だと言われています。

読売VS西武

大学卒業時のドラフトで、江川の交渉権を獲得していた西武、そして獲得は確実なものだと思っていた巨人。
この2球団はこの一件から犬猿の仲に。

そしてその関係は運営元の企業にまで及びます。
日本テレビ、報知新聞が西武グループのCM、広告の締め出しを行えば、西武鉄道は駅構内や中吊りの広告から読売グループを一斉に排除。

この関係は1991年まで後を引くことになります。

サトウデスク

ちなみに逆指名、FAの導入は江川の事件がきっかけで職業選択の自由が取り立たされたことで導入されたという噂も。
「空白の一日」推薦図書

たかが江川されど江川

たかが江川されど江川著者 江川卓

江川が半生を振り返った自伝。
この本の目玉はやはり空白の一日について。当事者だった江川から見た空白の一日が非常に興味深いです。
怪物と騒がれ世間からヒール扱いされた男は、言ってもまだ20代の青年だったんだなということに気が付かされました。
おそらくこのページを呼んで「江川って最悪だな」と思った人ほどこの本を読めば彼の魅力にハマると思います。
本自体は絶版ですが、Kindleで販売されています。

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