三浦大輔の背番号「18」を継いでも良いと思う投手は今の横浜にいる?アンケート調査

「横浜一筋」ハマの番長こと三浦大輔。
現在(2019)はピッチングコーチとして活躍している三浦コーチだが、背番号は現役と変わらず背番号18。
三浦は現役時代の1998年~2016年、そしてコーチになってからの2018年からこの背番号18を背負ってきたわけだが、もしこの背番号を手放すとしたら、「今の横浜の投手陣にこの重き背番号18を継承しても良いと思える投手」はいるのか?

横浜ファンに聞いてみた!

三浦大輔の背番号18を継承してもいいと投手はいる?

  • いない
  • 今永昇太
  • 上茶谷大河
  • 山崎康晃
  • 東克樹
  • その他

半数の方が「まだ三浦大輔の背番号を背負える選手はいない」と回答。やっぱり三浦大輔は偉大だ!

成績はもちろんだけど、やっぱりFAがで残留して横浜に残ってくれたっていうのがファンにとっちゃ偉大な存在ですよね

ちなみに継承してもいい選手で一番多かったのが今永。現横浜のエースだし妥当な人選。

山崎って意見もあったけど今の19が個人的にはしっくりくるんだよなぁ。

まだいない

三浦大輔
名前こつぶ横浜ファン歴21年

正直いない。
やっぱり永久欠番にする価値があるくらいだと思う。

名前かすみ草横浜ファン歴25年

若手が育ってきてはいますが、まだ時期尚早だと思います。
もっとカリスマ性がほしいです。

名前HY横浜ファン歴10年

今、現在の成績で考えるなら18番にもっとも近いのは今永選手なんだろうけど、まだ正直そこまでの選手ではないのが本音。

名前ハマの小魔神横浜ファン歴21年

いません。
三浦コーチの現役時代の活躍ぶりとハマの番長と呼ばれる程の格がつく選手がでてきたら、継がせて欲しいです。
しばらくはいなそうです。。。
今永選手がケガなく何シーズンも投げ切れれば注目です。

名前alukas横浜ファン歴21年

まだいない。左で素材が多いけれど不安定。
エースに今永は筆頭かもしれないけれど、右の本格派が18の理想。

名前番長命横浜ファン歴28年

最優秀防御率。生涯横浜宣言。
この2つが18を継承するのに絶対条件。
ということで今の横浜にはいません。

名前けんぼー07横浜ファン歴24年

今は正直居ないと思います。
生涯横浜を愛し、チームの為に尽くしてくれた功績は非常に大きいです。
その為、数年程度ではなく、今の現役選手が十数年やって初めてその権利がもらえるスタート地点に立てると思います。

普通に考えたらいないよね。将来は監督になるだろうから、絶対18番をつけた番長の監督みたいだろうし。

今永昇太

今永昇太
名前ぽん横浜ファン歴23年

個人的には今永投手に将来エースとして頑張ってもらいたいので継いでほしいです。

名前横浜ギンバエ横浜ファン歴15年

今永選手は左のエースとして大活躍しており、エース番号の18番を背負うに一番ふさわしい投手だと思う。

名前なな横浜ファン歴5年

三浦コーチの活躍当時はあまり知らないのですが、今のベイスターズのエースは今永投手だと思うので。

名前まっつー横浜ファン歴41年

今永投手。
今の彼でしたら2勝1敗ペースで行けると思います。
将来的には番長を超える器です。

ピッチャーの良い横浜だけどやっぱりエースと言ったらやっぱり今永。ということはやっぱり18番に一番近い選手ではあるよね。

上茶谷大河

上茶谷大河
名前岡本優真横浜ファン歴5年

上茶谷選手につけてもらいたいです。
彼は将来のDeNAの右腕エース必ずなり得る存在だと思います。

名前ハマーズ横浜ファン歴1年

上茶谷投手。彼は横浜だけでなく日本を背負える投手になる器があります。
ハマの番長として活躍された三浦さんの後を継げるだけのポテンシャルの高さを感じます。
またプレッシャーに耐えうるだけの強さも持ち合わせています。

名前クルーズ横浜ファン歴12年

大学野球時代からファンだった上茶谷投手。
持ち味の多彩な変化球を駆使しての投球スタイルは番長にも似てるとおもう。
今後楽しみな選手なので彼だったら18番を背負っても納得。

私も東洋大のときからすきなんだよぁ上茶谷。亜細亜大との優勝決定戦の3連戦はしびれた。良いピッチャーだし横浜のエースになれる素質は十分にあるよね。

過去に横浜の背番号18を背負った投手

サトウデスク

三浦大輔以外にも18をつけていた選手はもちろんいるんですがいまいちピンと来ない人もおおいはず。そこで番長がつける前に誰がつけていたかちょっと紹介。
1950~1952
今西錬太郎
阪急から1950年に大洋ホエールズに移籍してきた今西は、右のアンダースローから放たれる川上哲治をも唸らせたシュートを武器に10勝を達成する。ただ1953年から阪急に戻るため、大洋での実働はわずか3年。
1954~1963
権藤正利
権藤といえば権藤博を思い浮かべる方のほうが多いと思うが、大洋ホエールズの18番を背負った権藤といえば権藤正利。
大洋ホエールズ幼少期の指のケガから生まれた「ドロップ」で新人王を獲得する。チーム事情に苦しみ勝ち星をなかなか上げることができなかったが、通算防御率2.78という素晴らしい成績を残している。東映に移籍する1964年までの10年間背番号18を着用。
1965~1969
佐々木吉郎
権藤が東映に移籍した東映フライヤーズに移籍後18番を受け継いだ佐々木吉郎。日本石油から即戦力として大洋ホエールズに入団。
入団後はなかなか結果を出せず、谷間ローテで登板することが多かった。
1966年5月1日の広島戦。当時の投手コーチ曰く偵察オーダー(オープナー)での起用で一本ヒットを打たれれば交代する予定だったそうだが、一本のヒットも打たれず史上2人目の完全試合を達成した。
1972~1978
鵜沢達雄
高卒ドラフト4位で入団し2年目で5勝マークした鵜沢だったが、制球に苦しみ2年目以降目立った活躍はなかった。1978年西武へトレードとなった。
1981~1985
広瀬新太郎
注目のドライ1として大洋ホエールズに入団し背番号18を与えられた広瀬だったが芽が出ず、1985年には13番へ変更となる。その後、1986年西武へトレードとなる。
1987
レスカーノ
メジャー通算148本塁打を放ち鳴り物入りで大洋ホエールズに入団したレスカーノ。日本プロ野球ではじめて背番号18をつけた野手である。
しかし日本での成績はからっきしで22打席連続無安打を記録し、その年5月には140キロのボールが怖くなったという理由で退団。期待のメジャーリーガーはわずか20試合、打率217、本塁打3本。微妙な記録を残し帰国した。
1988~1995
岡本透
川崎製鉄神戸で社会人を経験しドラフト2位で大洋ホエールズに入団した岡本透。1990年委はチーム最多となる52試合に登板し翌年1991年には10勝をマーク。しかし、その後は故障に悩まされ日の目が見ない日が続くと1995年日ハムへとトレードとなる。ちなみに横浜ベイスターズとなって18番を背負った最初の投手である。
1995
松浦宏明
岡本とトレードで日ハムから移籍となったゼロ戦のマツこと松浦宏明が背番号をそのまま引き継ぐ。しかし、同年引退。
1996
バークベック
ニューヨークメッツから1995年7月にやってきたバーベック。
外国人には珍しい技巧はピッチャーで多彩な変化球で、球団初となる外国人初の完投勝利をおさめた。
しかし、活躍が期待された矢先の8月5日。ピッチャーライナーを足に受け骨折。復帰は果たしたものの、以前のようなピッチングができなくなってしまいこの年退団となった。
1998~
三浦大輔
大洋ホエールズに1991年ドラフト4位で入団。
1995年から先発ローテの一端を担い、1997年に自身初となる10勝を挙げると1998年にエースナンバーの18番を渡される。
18番を背負った三浦は、1998年横浜を優勝に導く。
最優秀防御率、最高勝率、最多奪三振など数々の功績を残し、生涯横浜を貫き、惜しまれつつも2016年に引退。
しかし、コーチとなった現在でも18番を背負っている。

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